ずっとずっと昔、景行天皇の子どものオウスノミコトは、たいへん勇敢な方でした。
そこで、お父さんである景行天皇はミコトに命じました。
「おまえはとても勇敢である。西のクマソタケルは、私の命令を聞かない。おまえが行って征伐してきなさい。」
 そこで、ミコトはお父さんの命令にしたがって、みごとクマソタケルを征伐しました。
お父さんのもとは帰ってくると、今度は、
「東のえみしが言うことを聞かない。すぐに征伐してきなさい。」
と、おっしゃいました。
 お父さんの言うことは聞かなければなりません。
ミコトはすぐに出発しました。途中、おばさんのヤマトヒメノミコトから神剣をもらい、東の国へ向かいました。
 ミコトが大沼付近の野を歩いているときのこと、ここの豪族にだまされ、まわりに火をかけられてしまいました。
ミコトのまわりは火の海です。
そこでミコトはおばさんにもらった神剣で、あたりの草をなぎ払いました。
そうすると不思議なことに、オウスノミコトのまわりを囲んでいた火は、逆に火をつけた豪族に向かっていったということです。
こうして、ミコトは無事にこのピンチを抜け出すことができました。
そこで、この剣のことを草薙の剣と呼び、今でも天皇家の宝物として伝わっています。
 これは『古事記』という古い本に出ているお話です。
このオウスノミコトが日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と呼ばれるようになりました。
(※古事記では、この場所を静岡県の焼津と書いています。)